生活環境の変化と心の変化 海外で暮らすということ
- popo
- Aug 26
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「海外で暮らす」「海外生活」というと、どんなイメージが湧きますか?
私自身は現在イギリスで生活をしており、かつてはアメリカで過ごした時期もありました。
日本を離れて海外で生活することは、本当に様々な意味で日々たくさんの刺激の連続でした。
みなさんの場合はいかがでしょうか?
海外生活で辛い思いを抱えていらっしゃる方へ、また、辛い思いを抱えていらっしゃる方がいることを知っていただくためにも以下にお知らせさせていただきたいと思います。
また、海外に関わらず、お引越しや異動、ご進学などで生活環境に変化の生じた方にとっても通ずる内容でもあります。ぜひ多くの方に届けばと願っています。
*海外で暮らしてみると
ドキドキする気持ち、期待、嬉しさといったポジティブな側面もある一方で、うまく言葉にできないような大変さ、小さなモヤモヤが積もっていくような側面があることも無視できません。
海外での暮らしには、心がほどける瞬間がたくさんあります。
広い空、広大な自然、街に流れる別のリズム、新しい食べ物や景色。
“知らなかった世界に触れるよろこび”は、確かに存在して、たくさんの感動やわくわく感を与えてくれます。
そして同じように、静かに消耗する時間もあります。
言葉がすぐ出てこない、考え方や食事など文化の前提が違う、学校や医療・福祉のあり方が異なる。
当たり前と言ったら当たり前ではあるのですが、それらを実際に肌で感じたとき、どうにも受け入れがたい思いを抱かれたり、居心地の悪さのようなものを感じられる場合も少なくありません。
言語で言えば、日本語なら一瞬で伝わるニュアンスが、海外ではなかなか届かないこともあるかもしれません。
特に現地での言葉に堪能でない場合には「説明したいのに、できない」「こんな風に話したいのに思うようにいかない」。
そういった小さなつまずきが、日々の中で何度も起こりえます。
そのつまずきは少しずつ自分の自信を削っていって、だんだんと自信を失い、殻に閉じこもり消極的な方向へ向かわせてしまう場合もあります。
子どもの教育制度、先生とのやりとり、病院へかかること、友だち関係。食事の習慣やアレルギー表記、スーパーに並ぶものの違い。家族が近くにいない不自由さ。困った時に頼れる人がいない、頼り切れない心細さ。気持ちを分かち合う言葉が見つからず、ただ黙ってやり過ごす夜もあるかもしれません。
日々小さな悩みが解消されずに蓄積して、気が付くと高く積み重なって重くのしかかってしまう、という状況に陥ってしまうことも少なくありません。
そうして、どうすることもできないような、追い込まれたような深い孤独感の中で、苦しい思いを独り抱えて闘っている…
どうにもイライラ感や湧いて包み込んでくるような不安感、焦り、緊張感、落ち着かなさが拭えず、泣きだしたくなるようなことも起こりやすくなってくるのです。
そういった思いを独り静かに抱えられながら、今日も闘っている方…
本当によく頑張っていらっしゃると思います。慣れない土地で、手探りの生活の中で、不安を抱えられながらも毎日をちゃんと回している。それは、大変大きなことです。
「誰かはもっと上手にやれている」と感じられ比べられてしまうようなときもあるかもしれません。
それだけあなたが頑張っている証拠で、本当はもっとこうしたい、こうできたらいいという思いが隠れている証でもあるのでしょうね。
十分すぎるほど頑張っているのでしょう。外からは元気に見えても、”普通”に見えても、胸の内側で起きている努力は、あなたにしかわかりません。
生活の変化、海外生活は、白か黒かで測れない“揺れ”の連続です。確かに楽しいこと、良かったことはあって、「来てよかった」と思える瞬間もたくさんあります。
今日は「よかった」「また頑張ってみようかな」と思ってみれたけれど、明日は理由もなく心細いかもしれない。
一見矛盾するようなその両方の思いは、どちらもここで懸命に生きているあなたの正直で大切な気持ちです。
だいじょうぶじゃなくても、だいじょうぶ。
誰だってしんどいとき、低空飛行の時、元気のないときがあります。
一度そこにとどまって、パワーをためる必要のある時期もあります。
ブランコのように、前に漕ぎ出すために後ろへひくことが必要な時期なのかもしれません。
うまく言えない気持ちのままでも、話していい。
「こんなことで」と遠慮しなくて大丈夫です。小さな違和感や疲れが、やがて大きな孤独に育ってしまう前に。少しだけ、荷物をおろす練習をしてみませんか。
状況をきれいに整理できなくても、うまく言葉にできなくても、モヤモヤとしたよくわからない思いがあるのでも大丈夫。
正解を急がず、そのまま座って深呼吸できる場所。
わからないことをわからないまま一緒に持ってみる。
そんなふうに寄り添う関わりを、日々の中で大切にしていけたらと考えます。
今日は一歩でも、明日は半歩でも。それで充分です。
あなたにとって休める場所がありますようにと、心から願います。
ここも、誰かにとってつらいとき、ホッとできるような、休める場所のひとつとして、思い出してみていただける場所となれればと願いながら、活動をしています。
頼っていいし、相談してみてもいい。
あなたが今の生活を続けてこられたこと、そのお力に、心から敬意を込めて。
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